私は、相田香織です。
私は、1974年3月に、2120gの未熟児で生まれました。
2日目に体重が1,500gまで下がり、心臓が10分間止まりました。
蘇生し息を吹き返しましたが、脳性小児麻痺と診断され1種・1級の障害者になりました。

kaori.gif その後、心臓や足の手術のために入退院を繰り返し、そして痙攣発作等に悩まされるようになり、その上、色々なトラブルが重なり、今まで行っていた通所施設に行けなくなり落ちこんでおりました。
そんな時、母の友人に誘われ、のり子さんのオープンハートコンサートを見に行きました。
細い身体で全身を使いパワフルに手話表現をしている、のり子さんを見て、感動しパワーを貰って帰って来ました。
久し振りに私のこころの中に、"私も明日から頑張るゾ!!"という気持ちが起きてきました。
2004年4月末に、のり子さんと一緒に昼食をする機会がありました。私の話を聞いてくれたのり子さんは、「一緒にコンサート活動をしませんか?」と誘ってくれ、5月から練習を始めました。

手話ミュージックの練習を始めてから、2ケ月後の7月に、私は初舞台を迎えました。
ドキドキし緊張しましたが、とても楽しく終えることができ、ズーッと続けたいと思いました。

車椅子ダンスのステップや手話を覚えたり、歌詞の意味を考えたり…と、忙しい生活に一変し、悩んだり落ちこんだりしている時間がなくなり、私は明るくなり、よく笑うようになりました。
練習を始めた頃は、手も身体も全く動きませんでしたが、機能訓練の為!と信じ毎日練習を続けています。
活動を続けているうちに機能がすごい勢いで回復し上達してきたことに気がつきました。
顎関節症で口を大きく開けることができず、歌をうたうことができなかった私は元気に歌をうたったり、言葉もはっきりと話す事が出来る様になり、顔の表情も体の動きも良くなり、私も回りの人たちもビックリしています。
機能訓練の先生には、手の動き、足の運び等色々な所の機能が良くなったと言われ、今では3m位歩けるようになりました。

どんな人でも、あきらめずに自分の夢に向かって、充実した人生を歩んでもらいたい。
『オープンハートコンサート』を観ていただき、障害や悩んだり落ちこんだりしている人達の、癒しになれば…と願っています。

 

僕の名前は、斉藤愛彦です。
僕は、手話ミュージックの勉強をはじめてから、字が読めるようになりました。
相田香織さんと一緒に手話ミュージックを元気に続けます。